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忘れられない経験

今までを振り返ったら、結構自分の中では面白かったなとか、これは珍しいことだったかもなあと思った経験がたくさんあるなと思ったので、まとめてみようと思いました。

特に人に話すほどのことでもないと思っていたし、そういう機会もなかったので、仲の良い10年来の友達も、職場で仲の良いお姉さんも知らないエピソードたちです。

でもまあ、ここ人来ないし、自分が読んで懐かしむように文章にしてみようかなと思った次第です。

私以外の人が読んでも、あんまり面白くもないかも。人の昔話を聞くのが好きな人だけお付き合いください。


【小学生の頃の話】


気球に乗った

美術館で「ナスカの地上絵のレプリカを気球に乗って空から見てみよう!」という企画があって、母が応募して当選して乗ることに。

そんなに高いところまでは上がりませんでしたが、初めての気球というものに大興奮したことを覚えています。見た目に反して、思ったよりも人が乗るなと思いました。

写真を撮って、新聞風の紙に印刷してくれたものを記念にもらいました。まだ家のどこかにあるはずです。でも、どこ行ったんだろうな。


NHKがクラスの取材にきた

ある日、社会の授業の時間に突然NHKの人たちがやって来て、取材を始めました。

確か、「わくわく授業!4の1!」みたいな番組名で放送されたと思います。

みんなが「わー!」とか「きゃー!」とか周りで騒いでいる中、ボーッとした子供だったので、「おお…?テレビ…へー、すご…」みたいに、なんかローテンションで1人しみじみしていました。もっと喜べよ。

あまり目立ちたくもなかったので発言を控えようと思ったのですが、思ったことを言わずにはいられない性格だったので、口がモニョモニョしてしまい、ついつい手を挙げて発表していました。お茶畑について何かを発言した記憶があります。しっかり映っていました。


NHKのロケバスに乗った

授業中に発表したことで、目立ってしまったらしく、NHKから家に電話がありました。みかん農家の取材のロケに出ませんか?という誘いでした。親は詐欺を疑っていました笑

親がすごく乗り気だったこともありますが、私自身、テレビにはそんなに映りたくなかったものの、みかん農家の取材にはめちゃくちゃ興味がありました。そんな機会そうないし、楽しそうだと思い、承諾しました。

当日、白くて大きめの車に乗せられてみかん農家へ行きました。これがロケバスってやつか…!なんて思ったことを覚えています。

また、すごくどうでもいい記憶なんですが、もらったお茶についていたおまけが、シークレットのキラキラのキーホルダーで嬉しかったです。

あと、ロケが終わった後、スタッフさんが私を持ち上げて正門の上に乗せてくれて、みんなでニコニコしていたのを覚えています。NHKの人たちはみんな優しかったです。

取材は面白かったし、そこで教えてもらった「小さいヘタのみかんは甘い」というのをずーっと覚えていて、今もみかんを選ぶ時に小さいヘタのものを選んでいます。

ちなみに、その取材の録画は恥ずかしがって私は見ていないので、どういう内容で放送されたのかは知りません。



【中学生の頃の話】


私を嫌っていた子に突然友達認定される

理由はわかりませんが、なんだかやけに突っかかってきたり、嫌味っぽいことを言ってくる子がいました。

陰でクスクスこっちを見て笑ったりして、見るからに嫌われていました。

しかし、純粋にめんどくさかったので、何かを言われても全部受け流すか無視をしたし、あなたのこと嫌いですから近寄らないでくださいと態度で示しまくっていました。

そしたらある日突然、手を差し出してきて「私たち、友達だよね!」と言われました。

本当に意味がわからなかったけど、「え?そうなの??うん…」と言いながら握手をしました。

その日以降、彼女は私に友好的になり、嫌な態度を取られることがなくなりました。

なので、私も普通に接するようになりました。

絶対そんなことはないと思うのですが、あまりに嫌いすぎて、生霊を飛ばして怖がらせたりしたのか?と思ったりしました。オカルト大好きな子供だったので。

何故いきなり友達になったのかは今も謎です。

ちなみに卒業の時には卒業アルバムにコメントもくれました。ありがとね。


【高校生の頃の話】


速記部に入った

最初は美術部に入るつもりでした。しかし、その日は活動していなかったことと、話を聞くとなんだかあまりやる気がなさそうでそんなに面白そうではありませんでした。家でも絵は描けるしな…と早々に候補から外しました。

そして、次に簿記部を見に行ったのですが、人が多くて部室に入れず、廊下でボーッとしていたら、「速記部、見ていかない?」と顧問の先生に話しかけられました。速記って何なのかも知らないし興味はなかったけれど、一応覗いてみることにしました。

そしたら、意外と面白そうだし、なんだかこじんまりしていて居心地も良さそうだったので速記部に決めました。

そこでは速記以外にも顧問が積極的にいろんな検定を取らせようと…いや、取らせてくれました。進路選びなどに役立って感謝しています。

でも、知識ゼロの状態から「2週間で受かれ」と大量のテキストを渡されて勉強させられた時は大変でした。拒否権はありませんでした。

でも、今思うと何で?いつ申し込まれていたんだ。そんなことある??

私も友達も何とか受かりましたが、今思ってもすごい無茶振りだったと思います。

ちなみに先生は後々、「お前たちからは速記部の匂いがした」と言っていました。どんな匂いだよ。


全国大会に出場した

速記部って聞いたことある人の方が少ないのではないでしょうか。

そう…つまり、それだけ人口が少ないんです。だから、全国大会にはエスカレーター式に出場できました。県内に3校しかなく、予選大会に出るだけで全国大会出場でした。予選の意味あるか??笑

肩書だけは立派な全国大会。一応全国ですから、全校集会で前に引っ張り出されて激励されました。「これは努力の結果じゃねえんだ…」という後ろめたさと、「目立ちたくない」という気持ちで、早く奥に引っ込みたかったのをよく覚えています。

ちなみに会場は東大でした。すごいね。

これが赤門かー!!!と興奮したことと、食堂が閉まっていて学食が食べられなかったことをよく覚えています。先生も「くそ!東大は学食が美味しいって聞いてたのに!」とかなり残念がっていました。それを聞いた私も、「くそ…そんなに美味しいなら食べたかった」と未練が生まれました。そして、先生はカレーを食べたがっていたという、すごくどうでもいいことを今も覚えています。


新聞に載った

全国大会に出場ということで、市長にも激励されるイベントがありました。

前述した通り、謎の後ろめたさがあったので素直に喜べませんでした。

「素晴らしい」みたいなことと「頑張ってください」みたいなことを言われ、私も友達も何だか微妙な顔をしていたような記憶があります。

私が新聞に載ったことを祖母が喜んで、切り抜きを見せに家に来たことを覚えています。

そんなに喜んでくれるなら、まあ、載ってよかったかもなと思いました。


【大学の頃の話】


入学早々に階段を踏み外してギプス

大学に入学する際、情報系の学校だったのでパソコンを買ってもらいました。そこそこ高いパソコンでした。

そんなパソコンを脇に抱えたまま、私はスクールバスに遅れそうで階段を走り、ずるっと踏み外しました。

自分とパソコンどっちを取るか!

一瞬の判断を迫られましたが、迷いはありませんでした。

パソコンをとって私はギプスをはめるほどの怪我を負い、保険を使ったため、入学早々に事務員さんに顔を覚えられることになりました。とっても恥ずかしかった。

なかなか治らなくてかなり苦しみましたが、今でもあの判断に後悔はありません。あの日に戻れてもきっと私は同じ選択をするでしょう。

いや、するな。そのスクールバス見送って次のやつに乗れ。そう言いたいです。


大学の図書館の司書の手伝い兼学習支援のバイトをする

このバイトの募集を見たとき、「わ!面白そうだな!」と思いました。しかし、何だか選考方法がめんどくさかったのと、人にものを教えるのは苦手なので、やっぱだるいな…と思って申し込むのをやめました。

そしたら、後日学校から電話がかかってきて、「やりませんか?」と誘われました。成績が良かったからという理由らしいです。

めんどくさがりの私だけかと思いましたが、他の人も「これはだる!」となり、誰も申し込まなかったのかな?と邪推してしまいました。でも、面白そうだったので二つ返事で受けました。

このバイトはなかなか面白かったです。

返却された本を棚に戻したり、おすすめの本を選んでポップを書いたりしました。また、図書館に置くための本を選んでくれ…つまり、言い方は悪いですが大学のお金で好きな本を買って良いということで、デザイン系の高い本をたくさん買い、良い思いもさせてもらいました。

お給料は微々たるものでしたけどね笑

また、学習支援については人が全く来ず、私が受けたのは1人だけでした。学習支援などと言いながら、私も「うーん、これちょっとわかんないですねえ。これは専門じゃなくて」という無能ムーブをかましました。

でも一応お給料をもらっているので、その子と一緒になってあれこれと話し合い、協力して解決した覚えが…いや、解決してなかったかもしれない。そこはあんまり覚えてないや。


友達に誘われて映画館でバイトをする

バイトを探していたら、ちょうど友達から「映画館のバイト興味ある?」と声をかけられ、「ある!」と答えてとんとん拍子でバイトをすることになりました。

履歴書持っていったのかな?見せた覚えがありません。自己紹介をしたら、「はい、よろしく!じゃあ仕事の説明をするね」と一瞬で採用されました。友達の人徳に震えました。そして、「もっと私のことを疑った方がいいぞ!」と不安になってしまいました。

清掃、チケットのもぎり、チケット売り、売店のレジなどの仕事をやりました。かなりホワイトな職場で、みんな優しいし、自分で好きな時間を選んで申請すると、その通りのシフトになっていました。無理にここに入ってくれと言われることは記憶の限りではなかったです。

長期休みの繁忙期は死にましたが、田舎の映画館なのでそれ以外の平日や土日は比較的ゆったりしていて働きやすかったです。まあ、それだけ人が来ない=儲かっていないということなのか、私が辞めた後、潰れそうになったそうです。クラウドファンディングで立て直してなんとかやっているという話を聞きました。悲しい。


学長に表彰される

びっくりしました。「え!私が?!」と。

しかし、そのびっくりはマジのびっくりでした。感動とかよりも。

というのも、自分の成績にあまり頓着がなく、覚えていなかったからです。

学費免除のために良い成績を取らねば!と最初は頑張っていたし、苦手な数学もヒイヒイしながら学習支援センターに日参して克服していました。商業科だったので基礎学力が足りず、教わってないものばかりがバンバン出てきて授業のたびに心の中で泣いていました。

しかし、2年生以降数学を受けなくてよくなってからは好きな科目だけを好きなようにとって、半分遊びのような気持ちで授業を受けており、パラダァイス!みたいな気持ちで毎日を過ごしていました。なので、頑張っているという自覚がありませんでした。

厳かに表彰されましたが、なんだか本当に頑張っていた人の中に混じって場違いな感じがしてどことなく居心地悪かったです。嬉しくはありましたが…。


学会に行った

研究室の先生の口癖は「学会行こう!学会!!」でした。

学会が何だかよくわかりませんでしたが、この先の人生でそんなものに出ることがあるだろうか?と考え、「出ます!」とよく考えないで返事をしました。

先生は喜んでいろんなことをめちゃくちゃ教えてくれたので、ほぼ、おんぶに抱っこでした。

そもそも、この分野に興味があったわけではなく、先生が熱心に誘ってくれたことと、研究室の雰囲気が良かったという理由で入ったので、研究している内容が自分でもよく分かってなかったんですよね笑

いや、まあ発表する時にはちゃんと分かってましたよ!分かってたつもりです!

しかし、たくさん手伝ってもらったものの研究結果がイマイチで、「こんなことを発表して大丈夫なんですか?」と聞いたら、「うまくいかなかったということも結果の一つ!どうしてうまくいかなかったのかをちゃんと分析して説明できたのなら、それは立派な研究成果だよ」と言われました。そういうもんなの?と驚きながらも、その言葉のおかげで当日は引け目なく堂々と発表できました。


卒業証書を代表で受け取る

学科で成績が2位だったので、卒業証書の代表に選ばれました。

でも、2位は私の他にもう1人いたんですよね。1位が男性だったので、2位は女性の方が見栄えが良かったのかなあと思っています。

そう思って、もう1人の子に「私よりも〇〇くんの方が頭いいのにね」と言ったら「そうだよね」と返ってきて、心から思ったことを言ったものの、「おお…そう返すか…」と笑いそうになるのを堪えました。

ちなみに当日、母と父は張り切ってカメラを持ってきましたが、卒業証書を受け取るタイミングで生徒全員が起立したせいで、壇上が見えなかったらしく、私が見えなかったと怒りながら残念がっていました。


【大人になってからの話】


新入社員のときに初めてできた友達(?)が総務係長

なんか、いろんな縁と巡り合わせと成り行きで総務の係長のお姉さんと友達になりました。

そういうことってあるんだなあと思いました。

周りからは不思議がられていたし、私も不思議でした。

ちなみに今も仲良くしてもらってます。今は課長です。



つらつらと書いていたら、めちゃくちゃ長くなりました。

思い返すといろんなことがあったなあ。

いろんな人のおかげで楽しい思いをさせてもらったなと思います。運がいいなあ。


ここまで読んでくれた方はさすがにいないのではないかと思いますが、もしいたのならありがとうございました。

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